弘道館に梅花を賞す 徳川斉昭

弘道館賞梅花
弘道館中千樹梅
淸香馥郁十分開
好文豈謂無威武
雪裡占春天下魁

弘道館に梅花を賞す
弘道館中 千樹の梅
淸香 馥郁(ふくいく)として 十分に 開く
好文 豈(あに) 謂う 威武 無からんと
雪裡に 春を占む 天下の魁

現代語訳

弘道館の中には数多くの梅の木が植えてある。
清らかな香りが漂い、花は枝を覆いつくす勢いで咲いている。

梅のことを「好文木」といって「文」の象徴のように言うが、
どうして「文」だけと言えよう。梅は「武」も十分に備えている。

冬の間、梅は雪の下に埋もれているが、
いざ春が来ると季節を覆いつくすように咲き乱れる。

ほかの草花に先駆けて、真っ先に咲くではないか。

スポンサーリンク

解説

徳川斉昭(1800-1860)。水戸徳川家の第九代藩主。字は子信。
最後の将軍・徳川慶喜の父親。

兄の斉脩(第八代藩主)の死後、家督を継ぎ第九代藩主に。 この時三十歳。文武両道を旨とした藩校「弘道館」を創設。

藤田東湖を用いて藩政改革に努める。
富国強兵を進め、特に海防を重んじました。

梅を「好文」といって文(学問)の象徴のように言うのは、西晋の武帝(司馬炎)が学問を好んだ時は梅がいっせいに咲き、学問を嫌った時はにいっせいに枯れたという故事によります。

(司馬炎は『三国志』に諸葛孔明のライバルとして登場する司馬懿の孫です)

この詩では武帝の故事をふまえ、梅を「好文」というが、どうして文だけなものか。武においても梅はすぐれている、文武両道だと言っているのです。

弘道館の仮開館式の時に詠まれたといいます。まさに「文武両道」という弘道館のテーマにぴったりですね。

【千樹梅】 たくさんの梅が咲いているさま。
【淸香】 よい香り。 【馥郁】 ふくいく。よい香りが漂うこと。
【十分開】 花が枝いっぱいに咲いている。

【好文】 梅の別名。 【豈】 どうして~だろうか。反語。
【威武】 「文」に対する「武」のこと。

【雪裡】 雪の下に。【占春】 春を独占する。
【天下魁】 天下に先駆けて、真っ先に。

梅を詠んだ漢詩で有名なものとして、
白頭を悲しむ翁に代わる(年年歳歳花相似)」(劉希夷)があります。

和歌では、
「東風吹かば匂い起こせよ梅の花主なくとも春を忘るな 」(菅原道真)
人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける」(紀貫之)
この二首が双璧じゃないでしょうか。

その他、梅を詠んだ漢詩…
新島襄「寒梅」鮑照「梅花落」ユ信「梅花」

朗読:左大臣