将進酒 李白(しょうしんしゅ りはく)
将進酒 李白
君不見黄河之水天上來
奔流到海不復回
君不見高堂明鏡悲白髮
朝如青絲暮成雪
人生得意須盡歡
莫使金尊空對月
天生我材必有用
千金散盡還復來
烹羊宰牛且爲樂
會須一飮三百杯
将進酒(しょうしんしゅ) 李白
君見ずや黄河の水 天上より來たるを
奔流(ほんりゅう)海に到りて 復(ま)た回(かえ)らず
君見ずや高堂(こうどう)の明鏡(めいきょう) 白髮(はくはつ)を悲しむを
朝(あした)には青絲(せいし)の如(ごと)きも 暮(くれ)には雪と成る
人生意を得(え)ば 須(すべか)らく歓(かん)を盡(つ)くすべし
金尊(きんそん)をして空(むな)しく月に対(たい)せしむる莫(なか)れ
天 我が材(ざい)を生(しょう)ずる必ず用(よう)有り
千金(せんきん)散(さん)じ盡(つ)くせば還(ま)た復(ま)た來(き)たらん
羊(ひつじ)を烹(に)、牛(うし)を 宰(ほふ)りて且(しば)らく 楽しみを為(な)さん
會(かなら)ず須(すべか)らく一飲(いちいん)三百杯(さんびゃっぱい)なるべし
現代語訳
君よ見たまえ、黄河の水が天上から注ぐのを。
激しい流れが海に流れ込むと、二度と戻ってこないのだ。君よ見たまえ、ご立派なお屋敷に住んではいるが、
鏡に我が身を映して
白髪を悲しんでいる老人の姿を朝は黒い絹糸のようであった髪も
暮れには雪のように真っ白になるのだ。人生、楽しめるうちに楽しみを尽くすべきである。
金の酒樽をみすみす月光にさらしてはならない。天が私にこの才能を授けたのだ。必ず用いられる日が来る。
金なんぞは使い果たしてもすぐにまた入ってくる。羊を煮て牛を料理して、まず楽しみ尽くそう。
どうせなら一飲みで三百杯というくらい、トコトン楽しむべきだ。語句
■奔流 激しい流れ。 ■高堂 ご立派なお屋敷。 ■明鏡 澄んだ鏡。李白「秋浦の歌」、張九齢「照鏡見白髪」参照。 ■青絲 黒い絹糸。「青」は黒も指す。 ■得意 自分の気持ちにあうこと。楽しめること。 ■須 すべからく~べし。ぜひ~すべきだ。李白「月下独酌」に「行樂須及春」と。 ■盡歡 楽しみ尽くす。楽しみまくる。 ■金尊 金の酒樽。 ■對月 対月。月に向かう。月光にさらす。 ■我材 私の才能。 ■必有用 必ず用いられる。 ■烹 煮る。 ■宰 ほふる。料理する。 ■且 しばらく。短い間。 ■會須 かならずすべからく~べし。きっと~すべきだ。
岑夫子丹丘生
將進酒杯莫停
與君歌一曲
請君爲我傾耳聽
鐘鼓饌玉不足貴
但願長醉不用醒
古來聖賢皆寂寞
惟有飮者留其名
岑夫子(しんふうし) 丹丘生(たんきうせい)
将(まさ)に酒を進めんとす 杯(はい)停(とど)むること莫(なか)れ
君が與(ため)に一曲(いっきょく)を歌はん
請(こ)ふ 君 我が為(ため)に耳を傾(かたむ)けて聴け
鐘鼓(しょうこ) 饌玉(せんぎょく) 貴(たっと)ぶに足らず
但(た)だ 長醉(ちょうすい)を願ひて醒(さ)むるを用(もち)いず
古來(こらい) 聖賢(せいけん) 皆寂寞(みなせきばく)
惟(た)だ飲者(いんじゃ)のみ 其(そ)の名を留(とど)むる有り
現代語訳
岑先生、丹丘殿、さあ酒を飲んでくれ。
盃を押し止めてはいけません。
君のために一曲歌おう。
どうか君は私のために耳を傾けて聴いてくれ。音楽や御馳走が何だというのだ。
長い間酔って覚めないことが一番いいのだ。昔から聖者や賢人は幾人もいたが、死んでしまえばそれまでだ。
ただ酒呑みだけが、その名を留めている!語句
■岑夫子 ■夫子は先生。岑先生。■丹丘生■生は敬称。丹丘殿。 ■將進酒 酒をお勧めする。 ■杯莫停 杯を断っちゃいけない。 ■請 お願いする。 ■傾耳 耳をそばだてる。耳を澄ます。 ■鐘鼓 鐘や太鼓⇒音楽。 ■饌玉 せんぎょく。ごちそう。 ■足貴 何の価値も無い。 ■長醉 長い間酔っ払っていること。 ■聖賢 聖人や賢人。 ■寂寞 さびしいこと。死んでしまったこと。 ■飮者 酒飲み。
陳王昔時宴平樂
斗酒十千恣歡謔
主人何爲言少錢
徑須沽取對君酌
五花馬千金裘
呼兒將出換美酒
與爾同銷萬古愁
陳王(ちんのう) 昔時(せきじ) 平楽(へいらく)に宴し
斗酒十千(としゅじっせん) 歓謔(かんぎゃく)を恣(ほしいまま)にす
主人(しゅじん) 何(なん)すれぞ 銭(ぜに)少なしと言わん
ただちに須(すべか)らく沽(か)ひ取って 君に対して酌(く)むべし
五花(ごか)の馬 千金(せんきん)の裘(きゅう)
児(じ)を呼び将(ひ)き出(い)だして 美酒(びしゅ)に換(か)え
なんじとともに銷(け)さん 万古(ばんこ)の愁(うれ)い
現代語訳
昔、魏の曹植は洛陽の西の平楽観で一斗一万銭の贅沢な酒をふるまい、
楽しみの限りを尽くしたという。主人である私が、どうして金が無いなどとケチケチしていれましょう。
すぐに買ってきて飲んでいただきます。毛並みの良い馬も、千金の皮衣も、
使いの童に持っていかせて美酒に換え、
一緒に消しましょう、この限り無い憂いを語句
■陳王 魏の曹植。詩に長けていた。「七歩詩」 ■昔時 昔。 ■平楽 平楽観。宮殿の名。洛陽の西にあった。後漢の明帝の造営。■宴 酒盛りをする。 ■斗酒十千 ■斗酒は一斗の酒。 十千は一万。一斗の酒を一万銭で買う、すごい贅沢。 ■歓謔 かんぎゃく。よろこびたわむれる。 ■主人 ここでは李白。 何爲 なんすれぞ。どうして~しようか。 ■徑 ただちに。すぐに。 ■須 ぜひ~するべきだ。 ■沽取 買い取る。■五花馬 五色の花の紋のついた名馬。毛並みのいい名馬。 ■千金裘 千金もする高価な皮衣。 ■兒 使用人。 ■萬古愁 限りない愁い。
解説
江南に遊び道士呉筠(ごいん)と知り合った李白は、742年、呉筠(ごいん)が朝廷に召し出されたのに伴って長安にのぼります。
唐代のほかの詩人たちとは違い、李白は一度も科挙を受験していません。しかし胸のうちでは自分の才能を信じ、必ず用いられるはずだと信じていました。
「都へ登ってみないか?」
道士呉筠(ごいん)の誘いが李白の胸に熱いものをかきたてます。時に742年。李白42歳。はじめて長安にのぼります。
この詩「将進酒」はいつ作られたか不明です。しかし、長安へのぼる直前のあたりと考えるとしっくり来る気がします。
長年就職活動をしているのに任官の口が得られない。しかし、自分にはできるはずだ。やれるはずだ。自信と不安が入り混じった感じがよくあらわれています。
「天わが財を生ずる。必ず用あり」の名文句が光ります。
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朗読:左大臣光永