酔歌行 杜甫

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杜甫の詩の魅力として、家族や友人、同朋への深い愛情。それが、にじみ出ているんですね。自分自身の志や、嘆き、怒りを歌う時以上に、家族や兄弟を思いやり、同朋を励まし、元気づける。あるいは共感する時に、杜甫の詩はいっそう言葉に力がこもるのです。

中にも「酔歌行」は元気づけられる詩です。

杜甫の遠い甥が、科挙の試験に落第し、故郷に戻るということで、送別の宴が開かれたのです。その席で、杜甫が酔っ払って歌った詩です。

酔歌行 杜甫

陸機二十作文賦
汝更少年能綴文
総角草書又神速
世上児子徒紛紛
驊騮作駒已汗血
鷙鳥挙翮連青雲
詞源倒流三峡水
筆陣独掃千人軍

陸機(りくき)は二十(はたち)にして文(ぶん)の賦(ふ)を作(な)し
汝(なんじ)は更(さら)に少年にして能(よ)く文(ぶん)を綴(つづ)る
総角(そうかく)にして草書も又(ま)た神速(しんそく)
世上(せじょう)の児子(じし)は徒(いたず)らに紛紛(ふんぷん)
驊騮(かりゅう)は駒(こま)と作(な)りて已(すで)に血を汗(あせ)し
鷙鳥(しちょう)は翮(はね)を挙げて青雲(せいうん)に連なる
詞源(しげん) 倒(さかしま)に流す 三峡(さんきょう)の水
筆陣(ひつじん) 独り掃う 千人の軍

現代語訳

陸機は二十歳で文の賦を作ったが、
お前はそれより小さい頃に文章をうまく綴った。
髪を二つに束ねた子供の頃から、草書体を素早く走り書いた。

お前に比べたら世間の子供たちは、
ただいたずらに数が多いばかりだ。

駿馬は仔馬の頃からすでに血のような汗を吹き、
強い鳥は羽を挙げて雲に連なって飛ぶ。

お前の文章の才能ときたら、泉から流れ出した言葉が、
三峡の水を逆流させるほどだ。

筆の戦場ではお前独りで千人の軍を薙ぎ掃うほどだ。

語句

■陸機 (261-303)。西晋時代の文学者・政治家・武人。 ■文賦 陸機が文学を論じた賦。『文選』十七に収録。 ■総角 あげまき。髪を二つに結んだ少年の姿。 ■草書 書体の名。 ■徒紛紛 いたずらに多い。 ■驊騮 くり毛の馬。周の穆王が用いた八匹の駿馬の一つ。 ■作駒 馬として生まれること。仔馬の頃から。 ■鷙鳥 強い鳥。 ■詞源 言葉の泉。 ■三峡 四川省東端。長江の三つの難所。 ■筆陣 筆の戦場。科挙の試験や、文章の世界を戦場にたとえている。


只今年纔十六七
射策君門期第一
舊穿楊葉真自知
暫蹶霜蹄未為失
偶然擢秀非難取
会是排風有毛質
汝身已見唾成珠
汝伯何由髪如漆

只今(ただいま)年は纔(わず)かに十六七
策を君門(くんもん)に射て第一(だいいち)を期(き)す
旧(も)と楊葉(ようよう)を穿(うが)つこと真に自(みずか)ら知る
暫(しばら)く霜蹄(そうてい)を蹶(つまず)かしむること未(いま)だ失(しつ)と為さじ
偶然(ぐうぜん)に秀(ほ)を擢(ぬき)んずること取(と)り難(がた)きに非(あら)ず
会(まさ)に是(こ)れ風を排(はい)するに毛質(もうしつ)有り
汝(なんじ)が身は已(すで)に見る 唾(つばき)の珠(たま)を成すを
汝が伯(おじ)は何に由(よ)りてか髪の漆(うるし)の如くならん

現代語訳

今お前はわずかに十六七歳にして
皇居で試験を受けて、主席合格を目指したのだ。

もとより自分が百歩の距離から
柳の葉を射ぬくほどの腕前であることは知っていよう。

一時的に馬が霜を踏むひずめをつまずかせたからといって、
これを失敗とするには当たらない。

たまたま他の者たちに一歩抜きんでることも
難しくないはずである。

実にお前は風を押し分けて飛ぶ
強い鳥の素質を持つのだから。

お前はすでに発する言葉の一つ一つが
玉のような美しさをなすほどまでに、成長している。

お前の伯父が、どうして髪の毛が漆のように
黒いままであろうか。白髪頭にもなるわけだ。

語句

■射策 科挙の試験の答案を書くこと。 ■君門 皇居。 ■期第一 主席合格を目指すこと。 ■旧 かねてから。 ■穿楊葉 弓の名人楚の養由基は、百歩離れた距離から柳の葉を射ぬいたという、『戦国策』に見える記事をふまえる。 ■霜蹄 馬の霜を踏むひずめ。 ■偶然 たまたま。 ■擢秀 他の者たちより一歩抜きんでること。「秀」は植物の穂。 ■排風 風を押し分ける。 ■毛質 強靭な産毛をもった鳥の本質。 ■唾成珠 『荘子』秋水篇に「子は夫(か)の唾する者を見ず乎(や)。噴けば則ち大なる者は珠の如く、小さき者は霧の如し」をふまえる。発する言葉が一つ一つ、球や霧のように美しさを持つということ。 ■何由髪如漆 どうして髪が漆のように黒くおられよう。→すっかり髪が白くなってしまっても当然だ。


春光潭沱秦東亭
渚蒲芽白水荇青
風吹客衣日杲杲
樹攪離思花冥冥
酒盡沙頭雙玉瓶
衆賓皆醉我獨醒
乃知貧賤別更苦
呑声躑躅涕涙零

春光(しゅんこう) 潭沱(たんた)たり 秦東亭(しんとうてい)
渚蒲(しょほ)の芽は白くして水荇(すいこう)は青し
風は客衣(かくい)を吹きて日は杲杲(こうこう)
樹(き)は離思(りし)を攪(みだして)花は冥冥(めいめい)
酒は尽(つ)く 沙頭(しゃとう)の双玉瓶(そうぎょくへい)
衆賓(しゅうか) 皆醉うも 我は独り醒めたり
乃(すなわ)ち知る 貧賤(ひんせん)の別れは更に苦しきを
声を呑(の)みて躑躅(てきちょく)して涕涙(ているい)零(お)つ

現代語訳

春の光がのんびりとたゆう長安の東の宿場。

渚のガマの芽は白く、水草は青い。
風は旅人の衣を吹いて日はさんさんと輝いている。

風にゆれる木の梢は別離の思いをかき乱し、
樹上の花は木の下が暗くなるほど覆いかぶさって咲いている。

酒は尽きて、砂原には二つのとっくりが転がっている。
他の多くの客は皆酔っているが、私は独りしらふでいる。

まさに今知った。貧しい者の別れはいっそう苦しいものであることを。
声を飲みこんで、地団太を踏み、涙が流れる。

語句

■潭沱 のんびりとたゆたう。 ■秦東亭 長安の東の宿場。 ■渚蒲 水辺の蒲(がま)。 ■水荇 あさざ。水草。 ■客衣 旅人の衣。 ■杲杲 さんさんと輝くさま。 ■離思 別離の心。 ■冥冥 暗くなるほど覆いかぶさっているさま。 ■沙頭 砂原。 ■雙玉瓶 二本のとっくり。 ■衆賓 多くの客人たち。 ■躑躅 足踏みをする。 ■涕涙 涙。

解説

天宝14年(755年)杜甫44歳の作。甥の杜勤が科挙の試験に落第し、帰郷するのを見送る送別の宴の席で、酔って歌った詩です。お前の言葉は長安の三峡の水も逆流させるとか、筆の戦場でお前は千人の敵をなぎはらうとか、ダイナミックな力強い比喩を使いながら、甥を励ましています。

甥を励ましているようで、最後には、みずからが憂いに沈み、
地団太を踏み、涙を流しています。

甥を励ますという目的からすると、逆効果な感じもしますが、
しかし、違うんですね。

杜甫はけして高みから、がんばれよと甥を励ましているんじゃないんです。
自分自身も、長年任官がかなわない中、
子供の頃は神童といわれ将来を大いに期待されながらも、
なかなか科挙に合格しない。任官がかなわない。

だから、はじめて試験に落ちた、甥の気持ちが
身にさしせまったこととして、わかるわけです。

けして高みに立って、がんばれよと言っているのではなく、
同じ立場で、共感し、地団太を踏み、杜甫は涙を流すんです。

この、共感力。自らが不遇の苦労人であるだけに、
相手の立場が身に迫って、わっと悲しみも、喜びも、
こみ上げてくる。これこそが、杜甫の詩の大きな魅力だと思います。

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