白楽天「湖中に宿す」

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宿湖中 白楽天

水天向晩碧沈沈
樹影霞光重畳深
浸月冷波千頃練
苞霜新橘万株金
辛無安牘何妨酔
縦有笙歌不廃吟
十隻画船何処宿
洞庭山脚太湖心

湖中(こちゅう)に宿(しゅく)す 白楽天

水天(すいてん) 晩(くれ)向かいて 碧(みどり)沈沈(ちんちん)たり
樹影(じゅえい) 霞光(かこう) 重畳(ちょうじょう)として深(ふか)し
月を浸(ひた)す冷波(れいは)は千頃(せんけい)の練(れん)
霜(しも)を苞(つつ)む新橘(しんきつ)は万株(ばんしゅ)の金(きん)
幸(さいわ)いに安牘(あんとく)無し 何(なん)ぞ酔(よ)うを妨(さまた)げん
縦(たと)い笙歌(しょうか)有(あ)るも吟(ぎん)ずるを廃(はい)せず
十隻(じっせき)の画船(がせん)何処(いずこ)にか宿(しゅく)する
洞庭(どうてい)の山脚(さんきゃく) 太湖(たいこ)の心(しん)

現代語訳

湖の水と天とが、日が暮れるに従って、緑色にひっそり静まり返る。
木々の影が、夕暮れ時の光の中、幾重にも重なって奥深い。

月を映した冷ややかな波は、どこまでも広がる練絹のように輝いている。
霜に包まれたミカン畑が、どこまでも黄金のように続いている。

幸い、仕事は無い。どうして酔うことを妨げようか。
たとえ笙の音が、歌声が響いていても、詩を吟ずることをやめるものか。

十隻のいろどり豊かに彩色した船をどこに停めようか。そうだ。湖の中心、洞庭山のふもとがいい。

語句

■水天 湖と空。 ■沈沈 ひっそりと静まりゆくさま。 ■霞光 夕焼けの輝き。 ■重畳 幾重にも重なっていること。 ■千頃 とても広いこと。頃は広さの単位。5800ヘクタール。 ■練 練絹。 ■新橘 今年なったミカン。 ■万株金 どこまでも黄金のように連なっているさま。 ■安牘 職務上の書類=仕事。 ■笙歌 笙にあわせて歌うこと。または笙の音と歌声。 ■画船 いろどり豊かに彩色した船。 ■洞庭 太湖にうかぶ洞庭山。洞庭西山と洞庭東山があるが、洞庭東山は岸から突き出した半島。 ■心 中心。

解説

蘇州刺吏(そしゅうしし)として蘇州に赴任した作者が、蘇州の名勝地・太湖にあそんで、その夕暮れの景色を詠んだ詩です。白楽天の蘇州滞在は一年ほどでしたが、役人として多忙な毎日の中、暇を見ては蘇州の名勝地を訪ねてまわり、詩にあらわしました。

朗読:左大臣光永

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