白楽天 「長恨歌」(一)

長恨歌 白居易

漢皇重色思傾国
御宇多年求不得
楊家有女初長成
養在深閨人未識
天生麗質難自棄
一朝選在君王側
迴眸一笑百媚生
六宮粉黛無顔色

漢皇(かんのう) 色を重んじて傾国(けいこく)を思う
御宇(ぎょう) 多年(たねん) 求むれども得ず
楊家(ようか)に女(むすめ)有り 初めて長成(ちょうせい)す
養われて深閨(しんけい)に在り人未(いま)だ識(し)らず
天生(てんせい)の麗質(れいしつ) 自(みずか)ら棄(す)て難(かた)く
一朝(いっちょう) 選ばれて君王(くんのう)の側(かたわら)に在り
眸(ひとみ)を迴(めぐ)らして一笑すれば百媚(ひゃくび)生じ
六宮(りくきゅう)の粉黛(ふんたい)顔色(がんしょく)無し

現代語訳

漢の皇帝は色を好まれ、絶世の美女を求めておいでだった。
その治世の間、長年にわたって求めておられたが、得ることはできなかった。
楊家に娘があった。ようやく大人になったばかりであった。
奥深い部屋に養われており、誰もその存在を知らなかった。
しかし生まれついての美貌は、そもそも見捨てられるものではない。
ある日選ばれて、皇帝の傍らに侍ることとなった。
瞳を廻らして一たび笑えばつややかな色気があふれ、
後宮の他の女たちは、彼女の前では形無しだった。

語句

■漢皇 漢の武帝が李夫人を寵愛した故事をふまえる。だが暗に唐の玄宗のことを指す。白楽天は唐の時代の人なので、はばかって時代を過去にずらした。 ■傾国 絶世の美人。 ■御宇 治世。 ■楊家有女 蜀州(四川省)の官吏・楊玄琰の娘・楊玉環。後の楊貴妃。 ■長成 大人になる。 ■深閨 奥深い部屋。 ■天生麗質 生まれついての美貌。 ■自 もともと。そもそも。 ■一朝 ある日突然に。 ■百媚生 なまめかしさがあふれること。 ■六宮 後宮。六つの宮殿があった。 ■粉黛 おしろいとまゆずみ。化粧をこらした美女。 ■無顔色 楊貴妃と比べて他の女たちは形無しとなったの意。

解説

絶世の美女を求めてやまない皇帝に楊貴妃が見出されるまでが、ドラマチックな文体でつづられています。漢の武帝の話になっていますが、もちろん唐の玄宗皇帝のことです。唐王朝にはばかって時代をずらしたものです。


春寒賜浴華清池
温泉水滑洗凝脂
侍児扶起嬌無力
始是新承恩沢時
雲鬢花顔金歩揺
芙蓉帳暖度春宵
春宵苦短日高起
従此君王不早朝

春寒くして浴(よく)を賜(たも)う華清(かせい)の池
温泉 水滑(なめ)らかにして凝脂(ぎょうし)を洗う
侍児(じじ) 扶(たす)け起こせば嬌(きょう)として力無し
始めて是(こ)れ新たに恩沢(おんたく)を承(う)くる時
雲鬢(うんびん)花顔(かがん)金歩揺(きんほよう)
芙蓉(ふよう0)の帳(とばり)暖(あたた)かにして春宵(しゅんしょう)を度(わた)り
春宵(しゅんしょう)短きに苦しみ日高くして起き
此(こ)れより君王(くんのう)早朝せず

現代語訳

まだ寒い春の日、彼女は華清宮の温泉で湯あみすることを天子から許された。
温泉の水はなめらかで、玉の肌を洗った。
侍女が助け起こせば、なまめかしく、力無い様子。
まさにこの日、はじめて彼女は天子の恩寵を賜ったのだ。

雲のように豊かな髪、花のように美しい顔、歩くたびに揺れる金の髪飾り。
蓮の花を刺繍したカーテンで閉ざされた暖かな部屋の中で春の夜は更けていく。
短い春の夜はたちまちに明け、日が高くなってから起き、
これより天子は朝の政を顧みなくなってしまわれた。

語句

■賜浴 皇帝が楊貴妃に、温泉に入ることをお許しになった。 ■華清池 長安の東驪山(りざん)にあった離宮の名。「池」は温泉。 ■凝脂 白く凝り固まった脂肪。美人の肌のたとえ。 ■侍児 侍女。 ■嬌 あでやか・なまめかしいこと。 ■恩沢 天子の寵愛。 ■雲鬢 雲のように豊かな髪の毛。 ■花顔 花のように美しい顔。 ■金歩揺 金の髪飾り。歩くたびに揺れたのでこう言う。 ■芙蓉帳 蓮の花を刺繍した寝室のカーテン。「芙蓉」は蓮。 ■春宵 春の夜。 ■春宵苦短 春の夜が短いのであっという間に朝が来て、寝過ごしてしまうこと。 ■早朝 天子が楊貴妃の色香に溺れ、朝の政を顧みなくなったことを指す。昔の中国では皇帝は朝早く堂に上がり、大臣たちの奏上を聴き、それに対する決断を下した。「朝廷」「朝政」という言葉はここから来ている。

解説

長安の東驪(りざん)山にあった離宮・華清宮の温泉で、玄宗が楊貴妃を見出す印象的な場面です。ただし玄宗が楊貴妃を温泉で見初めたというのは事実とことなります。玄宗は息子の嫁であった楊貴妃を無理やり奪ったのであり、それは周知の事実でした。しかし、そういう生々しい話は無視され、白楽天は玄宗と楊貴妃の物語をあくまで詩として美しく描き出します。

「温泉水滑洗凝脂」は、夏目漱石の「草枕」に引用されていることでよく知られます。


承歓侍宴無閑暇
春従春遊夜専夜
後宮佳麗三千人
三千寵愛在一身
金屋粧成嬌侍夜
玉楼宴罷酔和春
姉妹弟兄皆列土
可憐光彩生門戸
遂令天下父母心
不重生男重生女

歓(かん)を承(う)け宴(えん)に侍(じ)し閑暇(かんか)無く
春は春の遊びに従い夜は夜を専(もっぱ)らにす
後宮の佳麗(かれい)三千人
三千の寵愛(ちょうあい)一身(いっしん)に在(あ)り
金屋(きんおく) 粧(よそお)い成って嬌として夜に侍(じ)し
玉楼(ぎょくろう) 宴(えん)罷(や)んで酔うて春に和(わ)す
姉妹弟兄(しまいていけい)皆(みな)土(ど)を列(つら)ね
憐(あわれ)む可(べ)し光彩(こうさい) 門戸(もんこ)に生ず
遂(つい)に天下の父母(ふぼ)の心をして
(おとこ)を生むを重(おも)んぜず女(おんな)を生むを重(おも)んぜしむ

現代語訳

天子の楽しみに自分の気持ちをあわせてご機嫌を取り、
宴や遊びの席にお供して、
少しの暇もなく天子のお側に侍り、
春は春の遊びに従い、夜は夜毎に一晩中天子のお相手をする。

後宮の美女三千人。その三千人ぶんの寵愛は
彼女一人の上にあった。

黄金の御殿で化粧を調えてなまめかしくなった姿で、天子の夜のお供をし、
玉の楼台で宴会が終わった後の酔い心地が春の空気に溶け込んでいく。
彼女の姉妹・兄弟は皆諸侯に任じられ土地を与えられ、
ああ一門の戸口の前には光が差している。
ついに天下の父と母の心をして
男を生むのを重く見ず女を受むのを重く見させるようになったのである。

語句

■承歓 皇帝の楽しみに自分の気持ちをあわせ、ご機嫌を取ること。 ■侍宴 宴や遊びの席にお供する。 ■無閑暇 片時の暇もなく天子のお側に侍っている。 ■夜専夜 夜は夜毎一晩中、天子のお相手をする。 ■佳麗 美女。 ■金屋 黄金の御殿。漢の武帝の故事による。 ■玉楼 玉の楼台。 ■和春 酔い心地が春の空気に溶け込んでいく。 ■姉妹弟兄 楊貴妃の姉妹兄弟たち。 ■列土 諸侯となり土地を領有する。はとこの楊国忠は宰相にまでなった。 ■可憐 深い感動をあらわす言葉。「ああ」。 ■門戸 家の戸口。また、一族。

解説

楊貴妃の寵愛により、一族がどんどん取り立てられているのです。楊貴妃のはとこの楊国忠は宰相にまでなりました。ついに天下の人は男を生むより女を生むのがマシと思うようになった。当時は一般に男子のほうが重く見られていましたが、男はどうせ戦争に取られてコキ使われて終わりだ。その点女を生めば、もしかしたら楊貴妃のように天子さまに取り立てられて、一族繁盛するかもしれないと、現実には万に一つもかなわないことですが、庶民のささやかな願望が詠みこまれています。


驪宮高処入青雲
仙楽風飄処処聞
緩歌慢舞凝糸竹
尽日君王看不足
漁陽鼙鼓動地来
驚破霓裳羽衣曲
九重城闕煙塵生
千乗万騎西南行

驪宮(りきゅう)高き処(ところ)青雲(せいうん)に入(い)り
仙楽(せんがく) 風に飄(ひるがえ)りて処処(しょしょ)に聞こゆ
緩歌(かんか) 慢舞(まんぶ) 糸竹(しちく)を凝(こ)らし
尽日(じんじつ) 君王(くんのう)看(み)ること足らず
漁陽(ぎょよう)の鼙鼓(へいこ)地を動かして来たり
驚破(きょうは)す霓裳羽衣(げいしょううい)の曲
九重(きゅうちょう)の城闕(じょうけつ)煙塵(えんじん)生(しょう)じ
千乗万騎(せんじょうばんき)西南に行く

現代語訳

華清宮は高くそびえ立ち、青い雲に届かんばかり。
仙人の世界の音楽は風にひるがえってあちこちで聞こえる。

ゆるやかな歌、静かな舞、楽器の音色は溶け合い、
一日中御覧になっていても天子は飽き足らずお思いになる。

その時、魚陽地方で馬上、太鼓を打ち鳴らし、
大地をゆり動かして襲い来る者があった。

霓裳羽衣(げいしょううい)のおだやかな曲は、驚きに打ち砕かれてしまった。
天子の居城には戦乱の煙と塵が生じ、
天子の隊列は、長安を脱出し西南の成都に向かった。 

語句

■驪宮 長安の東驪山の離宮。華清宮。 ■仙楽 仙人の世界の音楽。 ■緩歌 ゆるやかな歌。 ■慢舞 静かな舞。 ■凝糸竹 弦楽器と管楽器の音色が溶け合う。 ■尽日 一日中。 ■漁陽鼙鼓動地来 天宝14載(755年)節度使安禄山が任地漁陽(北京の東)で謀反を起こし、南下したこと。「鼙鼓」は馬上で打ち鳴らす太鼓。「動地来」は大地をゆさぶって襲い来ること。 ■驚破 驚かし、打ち砕く。 ■霓裳羽衣曲 唐代の楽曲の名。ゆるやかな曲調だったらしい。玄宗が作曲したという説もある。 ■九重城闕 天子の居城。九つの門を置いたことから。 ■千乗万騎 天子の隊列。 ■西南行 玄宗一行が長安を脱出し、成都に難を逃れたことを指す。

解説

安禄山の乱が起こり、玄宗皇帝と楊貴妃の営んでいたはなやかな生活が一気に打破られます。ここから曲調がガラリと変わり、物語は悲劇性を帯びてきます。


翠華揺揺行復止
西出都門百余里
六軍不発無奈何
宛転蛾眉馬前死
花鈿委地無人収
翠翹金雀玉搔頭
君王掩面救不得
迴看血涙相和流

翠華(すいか)揺揺(ようよう)として行き復(ま)た止まる
西のかた都門(ともん)を出(い)づること百余里(ひゃくより)
六軍(りくぐん)発(はっ)せず奈何(いかん)ともする無く
宛転(えんてん)たる蛾眉(がび)馬前(ばぜん)に死す
花鈿(かでん)は地に委(す)てられて人の収むる無し
翠翹(すいぎょう) 金雀(きんじゃく) 玉搔頭(ぎょくそうとう)
君王(くんのう) 面(おもて)を掩(おお)いて救い得ず
迴(かえ)り看(み)れば血涙(けつるい)相い和(わ)して流る

現代語訳

天子の旗はゆらゆらと揺れ、進んでは止まる。
長安の西百里余の馬嵬駅にたどり着く。
しかし軍隊が出発をこばみ、どうしようもなく、
すんなりと美しい形の眉をした美女である楊貴妃は、兵士たちの馬の前で殺された。

螺鈿づくりの花のかんざしは地に捨てられて拾う者も無く、
かわせみの羽をかたどった髪飾りと孔雀の形をかたどった金の髪飾りも、
その場に捨てられた。

天子は御顔を覆ったまま救うことができず、
振り返って見ると、血と涙がまじりあって流れ落ちた。

語句

■翠華 カワセミの羽飾りをつけた旗で、天子のしるし。 ■揺揺 ゆらゆら。 ■西出都門百余里 長安の西百余里のところに馬嵬(ばかい)の駅があった。 ■六軍 天子の軍隊。 ■不発 出発しない。陳玄礼の率いる軍隊はストライキを行い馬嵬駅から動かず、このたびの動乱は楊国忠に責任があるとして楊国忠の処刑を要求した。たまたま楊国忠が異国人の使者と話していた所を兵士たちが見つけ、楊国忠は異国人と結んで反乱を企てているとして八つ裂きにしてしまった。楊国忠の一族も殺された。しかし兵士たちはまだ納得せず、楊貴妃の死刑を要求した。玄宗は仕方なく楊貴妃に死を賜い、宦官高力士が仏堂の前の梨の木の下で絞殺した。しかし兵士たちは囲みを解かないので、玄宗は楊貴妃の死体を布団に包み、表に出した。陳玄礼がこれを検分したしかに楊貴妃は死んだと確認し、ようやく軍隊は囲みを解いた。以上『楊太真外伝』より。 ■宛転 すんなりと美しい形をしている。 ■蛾眉 蛾の細い触覚のような眉をした美人。 ■馬前死 玄宗皇帝が兵士たちの要求を容れて楊貴妃に死を賜ったことをいう。 ■花鈿 螺鈿づくりの花のかんざし。 ■翠翹(すいぎょう) かわせみの羽をかたどった髪飾り。 ■金雀 孔雀の形をかたどった金の髪飾り。 ■玉搔頭 玉のかんざし。

解説

長安を脱出し、西の方成都を目指す玄宗一行でしたが、途中、長安の西百余里のところに馬嵬(ばかい)の駅で、兵士たちの不満がバクハツします。こんなことになったのは宰相である楊国忠と、楊貴妃が悪いのだと。

馬嵬駅
馬嵬駅

そんな折、宰相である楊国忠が、外国人の使者と何か話しているのを兵士たちが目撃します。「それっ、楊国忠は外国人と組んで、反乱を企てているぞ」「やっちまえ」と楊国忠は八つ裂きにされ、一族も殺されます。

しかし兵士たちの不満はおさまりませんでした。楊貴妃が殺されるまでは。「わかった…」ついに玄宗皇帝は、兵士たちの要求のまま、仏堂の前の梨の木の下で、宦官高力士に命じて楊貴妃を殺させました。


黄埃散漫風蕭索
雲桟縈紆登剣閣
峨眉山下少人行
旌旗無光日色薄
蜀江水碧蜀山青
聖主朝朝暮暮情
行宮見月傷心色
夜雨聞鈴腸断声

黄埃(こうあい) 散漫(さんまん) 風蕭索(しょうさく)
雲桟縈紆(うんさんえいう) 剣閣(けんかく)に登(のぼ)る
峨眉山下(がびさんか) 人の行くこと少(まれ)なり
旌旗(せいき)光無く日色(にっしょく)薄(うす)し
蜀江(しょっこう) 水は碧(みどり)にして蜀山(しょくざん)は青く
聖主(せいしゅ) 朝朝暮暮(ちょうちょうぼぼ)の情
行宮(あんぐう)に月を見れば傷心(しょうしん)の色
夜雨(やう)に鈴(すず)を聞けば腸断(ちょうだん)の声

現代語訳

黄色の土埃が一面に散り、
雲まで届くような架け橋が、曲がりくねって続く剣閣山に登る。

峨眉山のふもとには行く人も稀で、
天子の旗は光無く、太陽の色は薄い。
蜀の川は緑で、蜀の山は青々としている。

天子は朝に夜に、死んだ楊貴妃を思って悲しまれている。
仮の皇居に月を見れば痛ましい心をそのまま写しているように見える。
夜の雨の中、鈴の音を聞けば、
はらわたをちぎられるような、悲しい声に聞こえる。

語句

■黄埃 黄色い土埃。 ■散漫 一面に散る。 ■蕭索 さびけじな様。 ■雲桟 雲まで届くような高い架け橋。 ■縈紆 曲がりくねった様子。 ■剣閣 剣閣山。長安から蜀に行く途中の難所。 ■峨眉山下 峨眉山のふもと。峨眉山は成都の南。長安から成都に行くルートには入らないが蜀を象徴する山として言及したものと思われる。 ■旌旗 天子の旗。 ■日光 太陽の光。 ■蜀江 蜀の川。 ■聖主 天子。実際にはこの時息子の粛宗が即位しているので、玄宗は上皇。 ■朝朝暮暮情 朝も夜も楊貴妃を思って悲しみに暮れること。 ■行宮 仮の皇居。

解説

一行はさらに西へ進み、蜀の地に至ります。剣閣山のけわしい道の様子。李白の詩にも詠まれていることで有名な峨眉山は、長安から成都へ至るルートからは外れますが、蜀の地を象徴する山として詠みこまれたものでしょう。けわしい道のりと重ね合わせて、楊貴妃を失った玄宗皇帝の悲しみを切々と歌います。


天旋日転迴竜馭
到此躊躇不能去
馬嵬坡下泥土中
不見玉顔空死処
君臣相顧尽霑衣
東望都門信馬帰

天旋(めぐ)りて日転(てん)じて竜馭(りゅうぎょ)を迴らし
此(ここ)に到りて躊躇(ちゅうちょ)して去る能(あた)わず
馬嵬坡下(ばかいはか)泥土(でいど)の中(うち)
玉顔を見ず空しく死せし処(ところ)
君臣(くんしん) 相顧(あいかえり)みて尽(ことごと)く衣(ころも)を霑(うるお)し
東のかた都門(ともん)を望み馬に信(まか)せて帰る

現代語訳

天下の情勢が一変し、天子は長安に戻っていかれる。
途中、楊貴妃の殺された馬嵬駅で立ち止まり、去ることがおできにならない。

馬嵬駅の坂の下の泥土の中には、
もはや楊貴妃の美しい顔を見ることができない。
ここは楊貴妃が、空しく死んだ所なのだ。

君臣ともに振り返りつつ、皆衣を涙に濡らし、
東の方角、長安の門を望んで馬にまかせて帰っていく。

語句

■天旋日転 天下の情勢が大きく変わったことを指す。757年、安禄山は息子の安慶緒に殺され、粛宗は長安を奪還した。 ■迴竜馭 玄宗皇帝が長安に戻ることを指す。「竜馭」は天子の乗り物。 ■此 楊貴妃が殺された馬嵬駅。 ■馬嵬坡下 馬嵬 の坂道の下。 ■玉顔 楊貴妃の美しい顔。

解説

そして天下の情勢が一変します。757年、安禄山は息子の安慶緒に殺され、粛宗は長安を奪還しました。玄宗上皇一行も、長安に引き返すことになりました。途中、楊貴妃が殺された馬嵬駅に立ち寄った玄宗は悲しみに暮れ、少しも動くことができません。ああ…貴妃よ貴妃よ許してくれと。それを見て、臣下の者たちも涙を流すのでした。ともかく一行は東の方長安を目指して馬を歩ませます。

次の漢詩「長恨歌(二)

朗読:左大臣光永

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