『文選』より「行行重行行」

『文選』より、作者不明の詩、「行行重行行(行き行きて重ねて行き行く)」を読みます。

この詩は『源氏物語』須磨巻に引用されています。

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行行重行行 無名氏

行行重行行
與君生別離
相去萬餘里
各在天一涯
道路阻且長
會面安可知
胡馬依北風
越鳥巣南枝
相去日已遠
衣帯日已緩
浮雲蔽白日
遊子不顧返
思君令人老
歳月忽已晩
棄捐勿復道
努力加餐飯

行き行きて重ねて行き行き
君と生きながら別離す
相去ること万余里
各(おのおの)天の一涯(いちがい)に在り
道路 阻たりて且つ長く
会面(かいめん) 安(いず)くんぞ知るべけん
胡馬(こば)は北風(ほくふう)に依(よ)り
越鳥(えっちょう)は南枝(なんし)に巣くう
相去ること日に已(すで)に遠く
衣帯(いたい) 日(ひび)に已(すで)に緩(ゆる)む
浮雲(ふうん) 白日(はくじつ)を蔽(おお)い
遊子(ゆうし) 顧返(こへん)せず
君を思えば人をして老いしむ
歳月 忽(たちま)ちにして已(すで)に晩(く)れぬ
棄捐(きえん)復た道(い)う勿(な)からん
努力して餐飯(さんぱん)を加えよ

現代語訳

あなたはどんどん遠くへ行ってしまい、
あなたと生きながら別離することになりました。

もう万里あまりも離れてしまい、
おのおの天の片隅にあるようです。

道はへだたり、かつ長く、
今度いつ顔を合わせられるか、知りようもありません。

北方産の馬は南方に送られると生まれ故郷をしたって北風に向かって身をよせるといい、

わたり鳥は北にわたっても生まれ故郷である南方をしたって南側の枝に巣をつくる、といいます。

私たちもそのように心を通わせあいたいものです。

あなたが去ってからすでに多くの日々がすぎ、
私は心が折れて衣が日に日にゆるくなっていくようです。

浮き雲(別の女)が太陽(あなたの目)をおおって、
旅人は故郷をかえりみようともしません。

あなたを思えば私は心が折れて老け込んでくようです。
年月はたちまち過ぎ去っていきます。

しかし、捨てられたなどと言うのはもうよしましょう。
どうか健勝でいて、ごはんをたくさん召し上がってください。

語句

■行行重行行 どんどん遠くへ行ってしまうことの誇張表現。 ■君 夫のこと。 ■会面 面と向かって会うこと。 ■胡馬依北風 越鳥巣南枝 胡馬は北方産の馬。南方につれていかれると、生まれ故郷である北方をしたって北風に向かうという。渡り鳥は北方へわたると生まれ故郷である南方(越)をしたって南側の枝に巣をつくるという。故郷をしたうたとえ。 ■衣帯日已緩 夫を思って体がしだいにやせ細っていき衣服がだぼだぼになっている様子。 ■浮雲蔽白日 遊子不顧返 浮雲が白日(=夫の目)をおおって、そのため夫は帰ってこない。暗に別の女の存在がにおう。 ■棄捐 棄も捐も捨てるの意。 ■努力加餐飯 健勝でいて、たくさんご飯を食べてくださいの意。

解説

『文選』は6世紀に成立した中国最古の詩文集。約八百篇の詩や文章を、賦・詩・文章など、三十九種の文体にわけ、時代順に配列したもの。編者は南朝梁の昭明太子(しょうめいたいし)・蕭統(しょうとう)。

この詩は帰らぬ夫を待つ妻の思い、いわゆる閨怨の情を詠んだ詩です。いつふたたび会えるかわからないという孤独感、絶望感を切々とのべながらも、最後は「ちゃんとご飯を召し上がってください」と明るく気丈にふるまおうとするところに、けなげさがあります。

嘆きつつ一人寝る夜のあくる間はいかに久しきものとかは知る(右大将通綱母)

に通じる心ですが、比較すると「行行重行行」は、根底に明るさとか楽観性がながれているように思います。

『源氏物語』須磨巻では、須磨に侘住まいしている光源氏を都から親友の宰相中将がたずねてくる、さまざまに語らった後、中将帰っていく。その時源氏が訪問のお礼として中将に黒駒(黒馬)を贈るという場面で、この詩が引用されています。

くわしくは
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『源氏物語』須磨巻

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