垓下の歌 項羽(がいかのうた こうう)

力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何

力は山を抜き気は世を蓋う
時に利あらず騅ゆかず
騅のゆかざるをいかにすべき
虞や虞や汝をいかにせん

現代語訳

私の力は山を引き抜くほどで、気力は世界を蓋い尽くすほどであった。
それなのに今は…、時に見放され愛馬の騅も走らなくなってしまった。

騅が走らないのを、どうすればいいのだ。どうにもならない。
虞や虞や、お前の身をどうしよう…

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解説

「抜山蓋世」の四字熟語にもなっている、項羽の作とされる詩です。楚の項羽が漢の劉邦と争い、いよいよその最後の戦い、【垓下の戦い】(BC202)において、項羽はもう追い詰められているわけです。

漢の陣営から故郷の楚の歌が聞こえてきて、項羽は味方がみな降伏したと思い、絶望します(四面楚歌)。

もう勝ち目は無いというその状況で、項羽は愛妾の虞美人と、愛馬の【騅】と、最後の杯を交わすのです。

これらの記事は『史記』に書かれていますが、史実というより創作の色合いが強いようです。

中島敦の小説『李陵』の中で、主人公の一人である司馬遷が、『史記』の項羽に関する章を書くあたって「こんな熱に浮かれたような書きっぷりでいいのか?」と疑問を抱く場面がありました。

『平家物語』の「千手」の章では、生け捕りになった平重衡(たいらのしげひら)が、処刑の前に頼朝からの最後の情けということで千手の前という女房の接待を受けます。

そこで重衡と千手の前が夜を明かして朗詠しあう、その中に【垓下の戦い】を題材にしたものがありました。

平家物語「千手前」
↑こちらで朗読しています。

朗読:左大臣