憤りを書す 陸游

書憤
早歳那知世事難
中原北望気如山
楼船夜雪瓜洲渡
鉄馬秋風大散関
塞上長城空自許
鏡中衰鬢已先斑
出師一表真名世
千載誰堪伯仲間

憤りを書す
早歳 那ぞ知らん 世事の難きを
中原を北望して 気は山の如し
楼船 夜雪 瓜洲の渡
鉄馬 秋風 大散関
塞上の長城 空しく自ら許せしも
鏡中の衰鬢 已に先ず斑(まだら)なり
出師の一表 真に世に名あり
千載 誰か伯仲の間に堪えたる

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現代語訳

若い頃は世の中に困難があろうなど、考えもしなかった。
ひたすら北方の中原を望んで、気は山のように盛んだった。

雪の夜、兵船で敵方につっこみ、瓜洲の渡で敵を撃退したこともあった。
また秋風の吹くころ、鉄甲の騎馬隊で大散関を奪回したこともあった。

辺境における万里の長城と自らを称していた私だが、
それも今は空しく、
鏡の中の姿は老い衰え、すでに鬢髪には白いものが混じっている。

かの諸葛孔明が書いた「出師の表」は、まことに稀代の名文であった。
それから千年たっているが、孔明に匹敵するような人物がいただろうか。


中国北方にある女真族の国、金王朝は宋にとって脅威となる存在でした。

陸游は父祖伝来の愛国思想の影響もあり、金に対しての強硬な主戦論を唱えました。そのため講和派に疎まれ、何度も左遷されています。

この詩にあるように、実際の戦闘にも参加しました。

諸葛孔明のような忠臣があらわれてほしい、そして憎き金をやっつけてほしい。強くそれを望んでいる詩ですが、とうとう陸游は生存中に金の滅亡(1234)を見ることはありませんでした。

しかも金を滅亡させたモンゴル軍によって、南宋そのものも滅ぼされてしまいます(1279)。

陸游の詩には、この「憤りを書す」のような愛国詩のほか、「山西の村に遊ぶ」のようなのんびりした田園生活を描いたものがあります。
朗読:左大臣