山西の村に遊ぶ 陸游(さいせいのむらにあそぶ りくゆう)

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遊山西村
莫笑農家臘酒渾
豊年留客足鶏豚
山重水複疑無路
柳暗花明又一村
簫鼓追随春社近
衣冠簡朴古風存
従今若許閑乗月
ツク杖無時夜叩門

山西の村に遊ぶ
笑う莫かれ 農家の臘酒渾れるを
豊年 客を留めて 鶏豚足る
山重なり 水複なって 路無きかと疑えば
柳暗く 花明るく 又一村あり
簫鼓 追随して 春社近く
衣冠簡朴にして 古風存す
今より若し閑に月に乗ずることを許さば
杖をツイて時無く 夜 門を叩かん

現代語訳

農家の作り置きの濁り酒だが、バカにしたものではない。
豊作の年だったので、鶏も豚もお客をもてなすのに十分な量がある。

山が重なり、川が折れ曲がって、もうお仕舞いかと思うと、
そこでまた道が開けた。

柳の陰は暗く、花は明るく、また一つの村が現れた。

太鼓の音が追ってくるのは、春の祭りが近いからだ。
村人のいでたちは簡素なもので、昔風を残している。

今後もし閑な時に月に誘われて訪ねてきてもいいとおっしゃるのなら、
杖をついて時間に関係なく、夜中にご訪問いたしますぞ。

解説

ノンビリと世捨て人精神に満ちた詩です。気持ちよく声が出ます。

陸游(1125-1210)。南宋最大の詩人。政治家。字は務観。号は放翁。越州山陰の人。宰相秦檜の横槍で科挙に合格できず、出世の道を閉ざされます。

秦檜の死後、一時中央に呼ばれるも普段からの強硬な発言(対金抗戦論)があだとなり、すぐに地方に左遷されます。その後も強硬な発言がもとで何度も免職の危機にさらされました。

陸游の強い愛国心と抗戦思想は父祖伝来の教育によるものでした。

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朗読:左大臣光永

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