墨上春遊 永井荷風(ぼくじょうしゅんゆう ながいかふう)
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墨上春遊 永井荷風
黄昏転覚薄寒加
載酒又過江上家
十里珠簾二分月
一湾春水満堤花
墨上春遊(ぼくじょうしゅんゆう) 永井荷風(ながいかふう)
黄昏(こうこん)転(うた)た覚(おぼ)ゆ薄寒(ぼかん)の加(くわ)わるを
酒(さけ)を載(の)せて又過(またす)ぐ江上(こうじょう)の家(いえ)
十里(じゅうり)の珠簾(しゅれん)二分(にぶ)の月(つき)
一湾(いちわん)の春水(しゅんすい) 満堤(まんてい)の花(はな)
語句
■黄昏 こうこん。たそがれ時。 ■転 うたた。何となく。 ■覚薄寒加 うすら寒くなってきたのを感じる。 ■載酒 酒をたずさえて。 ■江上家 川沿いの家。 ■珠簾 玉の簾。 ■一湾 入り江いっぱいに。
現代語訳
黄昏時の隅田川沿いを歩いていると、なんとなく薄ら寒くなってきた。
酒を携えてまた川沿いの家々の前を歩いていく
十里の堤沿いに玉の簾が揺れる。
空には満月がかかっている。
入江には春の水が満ち、堤沿いには桜が咲き乱れている。
解説
隅田川の桜。いい雰囲気です。漢詩漢文の素養が深かった荷風だけあって、いろいろな漢詩から語句を引っ張ってきています。
【酒を載せる】は、唐の杜牧の「遣憶」にある「江湖(こうこ)に落魄(らくはく)して酒を載せて行く」を踏まえているようです。
【二分月】は、唐の徐凝(じょぎょ)の「憶揚州」にある「天下三分明月夜,二分無頼是揚州(てんかさんぶんめいげつのよ、にぶんぶらいこれようしゅう)」(天下の明月の夜の美しさは実に三分の二は揚州が占めている)に基づきます。
永井荷風(1879-1959)。明治~昭和の小説家・随筆家。本名壮吉。別名断腸亭主人・金阜山人など。東京都出身。明治35年(1902)ゾラの影響で『地獄の花』を刊行。その後、『あめりか物語』『すみだ川』などの作品を発表し耽美派の中心として活躍。明治42年(1910)慶應義塾教授に就任し文芸雑誌『三田文学』を主催。自らを江戸戯作者に模し、『腕くらべ』『おかめ笹』『つゆのあとさき』『墨東綺譚』などの作品を発表。日記に『断腸亭日乗』。生涯独身を貫いた。
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