短歌行 曹操(たんかこう そうそう)

短歌行 曹操孟徳

對酒當歌
人生幾何
譬如朝露
去日苦多
慨當以慷
幽思難忘
何以解憂
惟有杜康

酒に對《たい》して當《まさ》に歌ふべし
人生 幾何《いくばく》ぞ
譬《たと》へば朝露《あさつゆ》の如《ごと》し
去る日は苦《はなた》だ多し
慨《がい》して當《まさ》に以《もっ》て慷《こう》すべし
幽思《ゆうし》忘れ難し
何を以《もっ》てか憂ひを解かむ
惟《た》だ杜康《とこう》有るのみ

現代語訳
酒を前にしたら大いに歌うべきだ。
人生がどれほどのものだと言うのか。
たとえば朝露のようにはかないものだ。
過ぎ去っていく日々は、あまりに多い。
気分が高ぶって、いやが上にも憤り嘆く声は大きくなっていく。
だが沈んだ思いは忘れることができない。
どうやって憂いを消そうか。
ただ酒を呑むしかないではないか。

■對酒當歌 酒を前にして大いに歌うべきだ。『古詩源』および『三国志演義』題47回より。ただし『三国志演義』はやや言葉が異なり、赤壁の戦いに望むに当たって曹操が詠む設定になっている。 ■人生幾何 人生がどれほどのものだろう。 ■慨 高ぶること。 ■慷 嘆くこと。 ■幽思難忘 憂いの気持ちは忘れがたいものである。 ■杜康 はじめて酒を作ったという人の名。転じて酒。

青青子衿
悠悠我心
但爲君故
沈吟至今
幼幼鹿鳴
食野之苹
我有嘉賓
鼓瑟吹笙

青青《せいせい》たる子《し》が衿《えり・きん》
悠悠《ゆうゆう》たる我が心
但《た》だ君が爲《ため》故《ゆえ》に
沈吟《ちんぎん》して今に至る
幼幼《ユウユウ》と鹿は鳴き
野の苹《よもぎ》を食《く》ふ
我に嘉賓《かひん》有らば
瑟《おおごと・しつ》を鼓《こ》し笙《しょう》を吹く

現代語訳
青々とした襟の学生諸君よ
私の心は君たちを求めてはるかに漂い、
ただ君たちを待ち望んで
今まで思いにふけってきたのだ。
ユウユウと鹿は鳴き
野のヨモギを食う
そのように私に大切な客人があれば、
瑟《おおごと・しつ》を奏で、笙を吹こう

■青青子衿 青々したあなたの襟。学生服。曹操は学生に向けて呼びかけている。 ■悠悠 はるかに離れていく。 ■沈吟 思いにふける。静かに歌う。 ■幼幼 鹿の啼声の擬音。 ■野之苹 野のヨモギ。 ■嘉賓 すばらしい客。 ■鼓瑟 瑟は大琴。楽器。鼓は奏でる。 ■

明明如月
何時可採
憂從中來
不可斷絶
越陌度阡
枉用相存
契闊談讌
心念舊恩

明明《めいめい》たること月の如《ごと》きも
何《いず》れの時か採る可《べ》けんや
憂ひは中より來たる
斷絶すべからず
陌《はく》を越へ阡《せん》を度《わた》り
枉《ま》げて用《も》って相《あい》存《と》はば
契闊《けいかつ》 談讌《だんえん》して
心に舊恩《きゅうおん》を念《おも》はむ

現代語訳
月は明るく輝くが、
いつそれを手に取ることができるだろう。
憂いは心の中から起こる
断絶することはできない
そんな中君たちは道を越え道を渡り
わざわざ私を訪ねてきてくれたので、
久しぶりに会って、語らい酒を酌み交わし、
心に昔のよしみを思おう

■何時可採 人材登用への意欲を言っている。 ■憂從中來 憂いは心の中から起こってくる。 ■越陌度阡 「陌《はく》」は東西のあぜ道。「阡《せん》」は南北のあぜ道。 ■枉用相存 「枉」はムリをして。「用」は「もって」。「相存」は訪問して、見舞って。あえて面接を受けにきてくれて嬉しいという話。 ■契闊 久闊を叙す。久しぶりに会うこと。 ■談讌 語らいながら酒盛りをする。 ■舊恩 =旧恩。昔のよしみ。

月明星稀
烏鵲南飛
繞樹三匝
何枝可依
山不厭高
海不厭深
周公吐哺
天下歸心

月 明《あき》らかに星 稀《まれ》に
烏鵲《うじゃく》南に飛ぶ
樹《じゅ》を繞《めぐ》ること三匝《さんそう》
何《いず》れの枝にか依《よ》るべき
山は高きを厭はず
海は深きを厭はず
周公は哺《ほ》を吐きて
天下 心を歸したり

現代語訳
月は明るく星稀な夜、
カササギは南に飛ぶ
木を三度飛びめぐって、
どの枝に留まるのだろう
山は高いほどよく
海は深いほどよい
周公は人材登用に熱心で、食べかけのものを吐き出してまで人に会ったという
だからこそ天下の人々も心を寄せたのだ
(さあ有為の士よ、私のもとに来てほしい)

■烏鵲 カササギ。 ■三匝 「匝《そう》」はひとめぐり。 ■何枝可依 どの枝に留まろうか。任官を求めてきた有為の士が、曹操のもとに来てくれることを期待している。 ■周公吐哺 古代周の聖人、周公旦が人材登用に熱心で、食べかけの食物を吐き出してまで人に会った故事にもとづく(『史記』魯周公世家第三)。

……

人材登用への意欲を歌っています。

『三国志演義』では曹操が赤壁の戦いに望むに当たって酒を飲みながらこの詩を歌う設定になっており、映画「レッドクリフ」でもそのように描かれました。しかし一読すれば軍隊を鼓舞するような内容ではないことがわかります。人材登用の歌です。

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