送応氏 曹植(おうしをおくる そうしょく)

送応氏(送應氏)
歩登北芒坂
遥望洛陽山
洛陽何寂寞
宮室尽燃焚
垣牆皆頓サケ
荊棘上参天
不見旧耆老
但観新少年
側足無行径
荒疇不復田
遊子久不帰
不識陌興阡
中野何蕭条
千里無人烟
念我平生親
気結不能言

応(應)氏を送る
歩んで北芒の坂を登り
遥かに洛陽の山を望む
洛陽 何ぞ寂寞たる
宮室 尽(ことごと)く燃焚す
垣牆(えんしょう) 皆頓(くず)れ裂け
荊棘(けいきょく) 上って天に参(まじ)わる
旧耆老(きゅうしろう)を見ず
但だ新少年を観るのみ
足を側(そばだ)つるに行径無く
荒疇 復た田(たがや)さず
遊子 久しく帰らず
陌と阡とを識らざらん
中野 何ぞ蕭条たる
千里 人煙無し
我が平生の親を念(おも)い
気結ぼれて言うこと能(あたわ)ず

現代語訳

徒歩で北芒の坂を登ると、
遥かに洛陽の山々が望まれる。

洛陽のなんと荒れ果てた光景よ!
宮殿はみな焼け落ちてしまった。

垣根や堀は、みな崩れている。
いばらが天に届かんばかりに生い茂っている。

昔なじみの故老の姿は見えず、
若い人の姿ばかりが目立つ。

つま先立つほどの道すら無く、
こんな荒れた地では再び開墾しようという者もいない。

久しく洛陽を離れていた旅人(応氏)には、
街路の区画もよくわからなくなっていよう。

侘しげな荒野に千里先まで人煙は見えない。

長く親しくしてきた友人と別れるのだと思うと、
心が折れて言葉を失う。


【応氏】(應氏)は、曹植の側近、応トウ・応キョの兄弟。この詩は211年、曹植が父曹操に従って馬超を征伐しに向かった時、洛陽を通過し、応兄弟を見送った時の作です。

この頃、洛陽の街は董卓の乱によって荒れ果てていました。

朗読:左大臣

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