菅原道真の詩「阿満を夢む」

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芸術家というものは、人生が上向きの時よりも、追い詰められ、深い絶望の底にある時こそ、よい作品を残すように思えます。もう自殺するか、気が狂うかというギリギリのもがきの中から絞り出された作品だからこそ、人の心を打つのかもしれません。

菅原道真の詩も、まさにそうです。

宇多天皇に重用され得意絶頂の時代の詩も、はなやかでそれなりに良いのですが、大宰府配流後の絶望の淵にある詩などは今日なお、心を打ちます。

「夢阿満(阿満を夢にみる)」は、大宰府配流よりずっと前の作品ですが、息子を失った悲しみを歌い上げています。

夢阿満。

阿満亡来夜不眠
偶眠夢遇涕漣漣
身長去夏餘三尺
歯立今春可七年
従事請知人子道
読書諳誦帝京篇
〈初読賓王古意篇。〉
薬治沈痛纔旬日
風引遊魂是九泉
爾後怨神兼怨仏
当初無地又無天
看吾両膝多嘲弄
悼汝同胞共葬鮮
〈阿満已後、小弟次夭。〉
韋誕含珠悲老蚌
荘周委蛻泣寒蝉
那堪小妹呼名覓
難忍阿嬢滅性憐
始謂微微腸暫続
何因急急痛如煎
桑弧戸上加蓬矢
竹馬籬頭著葛鞭
庭駐戯栽花旧種
壁残学点字傍辺
毎思言笑雖如在
希見起居惣惘然
到処須弥迷百億
生時世界暗三千
南無観自在菩薩
擁護吾児坐大蓮

阿満(あまろ)を夢む。

阿満(あまろ)亡くなりてよりこのかた、夜も眠(ねぶ)らず
偶(たまたま)眠(ねぶ)れば夢に遇ひて 涕(なみだ)漣漣(れんれん)たり
身の長(たけ) 去んじ夏 三尺に余れり
歯(よはひ)立ちて 今春 七年なるべし
事に従ひて 人の子の道を知らんことを請ふ
書(ふみ)を読みて帝京篇(ていけいへん)を諳誦したり
〈初め賓王(ひんおう)が古意篇(こいへん)を読みき。〉
薬の沈痛(ちんつう)を治むること纔(わず)かに旬日(じゅんじつ)
風の遊魂(ゆうこん)を引く是(これ) 九泉
爾後(しかくしてのち) 神を怨み兼つ仏を怨む
当初(そのかみ)地無く また 天無し
吾が両膝(りょうひざ)を看て多く嘲弄(ちょうろう)す
悼ましきは汝が同胞の共に鮮(わかじに)せるを葬れること
〈阿満(あまろ)より後、小弟(しょうてい)次いで夭(よう)せり。〉
莱誕は珠(たま)を含みて老蚌(ろうほう)を悲しびき
荘周(そうしゅう)は蛻(ぬけがら)を委(あつ)めて寒蝉(かんたん)に泣く
那(な)んぞ堪へむ 小妹(しょうまい)の名を呼びて覓むるを
忍び難し阿嬢(あじょう)の性を滅して憐れぶを
始め謂(い)へらく 微微として腸(はらわた)の暫らく続くと
何に因(よ)りてか 急急として痛むこと煎るが如し
桑弧(そうこ)は戸の上 蓬矢(ほうし)を加(くは)ふ
竹馬(ちくば)は籬(まがき)の頭(ほとり) 葛鞭(かつべん)を著(つ)く
庭には戯(たわぶ)れに花の旧き種を栽えしを駐(とど)めたり
壁には学びて字の傍(かたわら)の辺(へ)に点ぜしを残せり
言笑(げんしょう)を思(おも)ふ毎(ごと)に在(あ)るが如しと雖(いえど)も
起居(ききょ)を見ることを希(のぞ)めば惣(すべ)て惘然(ぼうぜん)たり
到る処(ところ) 須弥 百億に迷ふ
生るる時 世界 三千に暗くらむ
南無観自在菩薩
吾が児を擁護(おうご)して大蓮(だいれん)に坐させたまへ

【現代語訳】
わが子を夢に見る。

わが子が亡くなってからこの方、夜も眠れない

たまに眠れば夢でわが子に会って、涙がとめどなく流れる

身長は去年の夏、三尺あまりあった。

年齢を重ねて、今年の春は七歳になるはずだった。

菅家の「文」の道にしたがって、人の子としての道を知りたいですと(勉強したいですと)、お前は自ら申し出た。

書物を読んで、駱賓王の「帝京篇」を暗誦した。(はじめは駱賓王の「古意篇」を読んだ)

薬が痛みをしずめたのは、わずか十日だった。

風がお前の魂を引いて、あの世へ連れて行った。

それからというもの、神を怨み、また仏を恨んだ。

当初は、地もなく天もないような心持ちだった。

自分の両膝を見て、嘲り笑うことが多かった。

痛ましいことに、お前の兄弟が若死にしたのを共に葬ることになってしまった。

阿満の後、弟がついで若死にしたのだ。

莱誕は大きなはまぐりが真珠を含むのを見て、人間の命のはかないことを感じて?悲しんだ。

荘子はひぐらしの抜け殻をつみ集めて、泣いた。

いたたまれないのだ。小さな妹がお前の名を呼んで求めているのが。

忍びがたいのだ。母がお前の死を悲しみ憐れんでいることが。

はじめお前は、痛みがゆるんで、腸がしばらく安定した状態になったと言っていた。

どうして急に、煎るほどまでに痛みだしたのか。

お前が遊んだ桑の弓は、戸の上にある。蓬の矢も添えてある。

竹馬は籬のあたりにある。葛の鞭もそえてある。

庭にはお前が戯れに去年の植物の種を植えたのを、そのままにしてある。

壁には練習をして文字の傍らの隅に点をしたのを残してある。

お前が喋り、笑ったのを思うごとに、まだお前が生きているような気がするが、お前が寝起きしている姿を見ようと思えば、すべてはぼんやりしてしまう。

お前が行く先には須弥山がそびえ、はるか百億土の向こう、西方極楽浄土へ赴くのだが、お前は道にまどいもしよう。

しかし浄土に生まれ変わるとき、この三千世界は、うす暗いであろう(この三千世界とくらべて浄土は明るく輝いているだろう)。

南無観自在菩薩。

わが子を守り、大きな蓮のうてなの上に座らせたまえ。

【語句】
■阿満 「阿」は親しみをこめた接頭語。「満」は「麻呂」に通じる。実際に「麻呂」という名前だったのではなく、「愛しいわが息子よ」という程度の呼びかけ。 ■涕漣漣 涙がとめどなく流れるさま。 ■歯 年齢。 ■従事 菅家の「文」の道に従って、立派な子になります、ということを自ら言ったと。 ■帝京篇 駱賓王の作った長編の古詩。当時、幼児教育として暗誦させた。「山河千里の国、城闕九重の門、皇居の壮んなることを観ず、安んぞ天子の尊きを知らんや」に始まる。駱賓王は中国の唐代初期の詩人。王勃・楊炯・盧照鄰とともに「初唐の四傑」と称せられた。 ■賓王古意篇 駱賓王の古意篇。『駱賓王集』の「詠懐古意、上裴侍郎」のことか。 ■旬日 十日。 ■九泉 大地の底。死者の世界。 ■汝同胞 阿満の弟。 ■莱誕 『史記』老子伝に登場する人物。 ■老蚌 大きなはまぐり。このあたり難解で解釈不可能。 ■寒蝉 ひぐらし。 ■阿嬢 母親。 ■滅性 母が息子の死を悲しむこと。 ■惘然 ぼんやりしたさま。 ■須弥 須弥山。一小世界の中心。 ■観自在菩薩 =観世音菩薩。

……子を失った親の気持ちを詠んで、これほどの絶唱は、日本文学の中に白眉だと思います。

朗読:左大臣光永