桃夭 詩経(とうよう しきょう)

桃之夭夭
灼灼其華
之子于帰
宜其室家

桃之夭夭
有フン其実
之子于帰
宜其家室

桃之夭夭
其葉蓁蓁
之子于帰
宜其家人

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桃の夭夭(ようよう)たる
灼灼たり 其の華
之の子 于(ここ)に帰(とつ)がば
其の室家に宜しからん

桃の夭夭たる
有フン(ゆうふん)たり 其の実
之の子于に帰がば
其の家室に宜しからん

桃の夭夭たる
其の葉蓁蓁(しんしん)たり
之の子于に帰がば
其の家人に宜しからん

現代語訳

桃の木は若く、その花は燃え立つようだ。
この娘が嫁に行ったら、その嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう。

桃の木は若く、その実はふっくらと豊かだ。
この娘が嫁に行ったら、その嫁ぎ先にふさわしい妻になるだろう。

桃の木は若く、その葉はふさふさ茂っている。
この娘が嫁に行ったら、その家の人みんなに喜ばれるだろう。

解説

詩経』にある、嫁に行く娘に親が送る、祝福の詩です。

結婚式の席で現代語訳+由来の説明とともに朗読したら、涙モンじゃないでしょうか?

『詩経』が編集された年代はハッキリしないですが『論語』に詩経についての記述(「詩三百、一言以てこれを蔽へば、曰く、思い邪(よこしま)なし」)があるので少なくとも孔子の時代より前でしょう。紀元前6世紀でしょうか7世紀でしょうか。

そんな大昔の詩なのに、まったく無理なく感情移入できます。人のいとなみは変わらないというか。思わず頬がほころびます。

【夭夭】 若い。みずみずしい。 【灼灼】 燃え立つようなさま。
【有フン】 ふっくらと豊かに実ったさま。
【蓁蓁】 草木が生い茂っているさま。

朗読:左大臣