題烏江亭 杜牧(うこうていにだいす とぼく)

題烏江亭
勝敗兵家事不期
包羞忍恥是男兒
江東子弟多才俊
捲土重來未可知

烏江亭に題す
勝敗は兵家も事期せず
羞を包み恥を忍ぶは是男児
江東の子弟 才俊多し
土を捲いて重ねて来たらば 未だ知るべからず

現代語訳

勝敗は兵法家でも予測することができない。
恥辱に耐え、巻き返しをはかるのが真の男児というものだ。

項羽の出身地である江東地方にはすぐれた人物が多い。

砂塵を巻き起こす勢いで劉邦をもう一度攻撃していたら、
どうなっていたかわからない。

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解説

捲土重来(けんどちょうらい)」という言葉の出典となっている詩です。

項羽は日本でいう義経のように、負けたからこそ人気が高いって所があるようです。

紀元前202年、項羽は垓下の地で劉邦軍に幾重にも包囲されます。

この時、敵陣から故郷の楚の歌が聞こえてきたため、味方がみな降伏したと思い項羽は絶望した…四面楚歌の逸話はあまりに有名です。

また、項羽は垓下で愛妾の愚美人をも失います。「垓下の歌」参照。

それでも項羽なんとか敵の包囲網を突破し、わずかな手勢とともに烏江まで逃げ延びます。

烏江の亭長(宿場の長官)は「舟に乗って逃れ、再起をはかりなさい」とすすめますが、項羽はこれを断ります。

天が我を滅ぼしたのだ。どうして渡れよう。それに、江東の子弟八千人が我とともに西に渡ったのに、今はもう一人も残っていない。

仮に王になれたとしても、彼らの父兄に何の面目があって対面できようと。

こうして敵につっこんでいき、さんざんに戦い、自ら首をかき切って果てたということです。

杜牧には「赤壁」と題する詩があります。こちらは「赤壁の戦いにもし曹操が勝利していたら?」と仮定したものです。

朗読:左大臣