子夜呉歌 李白(しやごか りはく)

742年。42歳の李白は長安に登り、
賀知章(がちしょう 659-744)の知遇を得ます。

賀知章は玄宗皇帝に仕え、詩人としても活躍していた、
当時の詩壇の長老です。

賀知章は李白の仙人めいた人柄をいたく気に入ります。

「お前の才能はこの世のものではない。
まるで天から流されてきた仙人のようだ(謫仙人 たくせんにん)」

「謫仙人…」

李白も「謫仙人」という称号をいたく気に入ったようで、
後々詩の中で「青蓮居士 謫仙人」と自称しています。

子夜呉歌 李白
長安一片月
萬戸擣衣聲
秋風吹不盡
總是玉關情
何日平胡虜
良人罷遠征

子夜呉歌 李白
長安一片の月
萬戸衣を擣つの聲。
秋風吹いて尽きず、
総て是れ玉関の情。
何れの日か胡虜を平らげ
良人遠征を罷めん。

現代語訳

長安の町を満月の光が隈なく照らしている。
どの家からも衣を打つ砧の音がする。
秋風は吹き止むことがない。
こうした物事すべてが、玉門関の彼方にいる夫への思いをかきたてる。
いつになったら夫は夷敵を征伐して遠征から戻ってこれるのだろうか。

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語句

■子夜歌 もともと南方土着の民歌で、「子夜という女性が詠んだ歌」という意味の楽府題。前漢時代から歌謡曲や民謡を収集・研究する楽府という役所が宮中に、設置された。民間の歌には民の訴えが入っており、民の訴えを汲み取ることでよい政治ができるのだ、という考えがあった。しだいに「楽府」という言葉は役所のことだけでなく、そこで扱う歌謡曲・民謡そのものを言うようになった。「楽府題」はそのお題のこと。つまり、「子夜呉歌」という題目でまず曲があり、そこに、いろいろな人が違う歌詞をつけた。李白は舞台を南方から北方に移し、玉門関の先へ出征している夫を思いやる妻の詩に仕立てた。 ■一片月 満月に月の光が隈なく照らしている感じ。 ■擣衣声 砧(きぬた)で衣類を叩く音。衣替えの時期であり、冬物の着物を用意している。 ■玉関 玉門関。甘粛省敦煌の西北。天山北路の関所で地の果てといった感じ。 ちなみに天山南路の関所は陽関。 ■胡虜 北方の異民族。夷敵。野蛮人。

解説

「子夜歌」はもともと南方土着の民謡で、「子夜という女性が詠んだ歌」という意味の楽府題です。

「楽府題」とは、前漢時代から歌謡曲や民謡を収集・研究する楽府という役所が宮中に、設置されました。民間の歌には民の訴えが入っており、民の訴えを汲み取ることでよい政治ができるのだ、という考えがあったためです。

「楽府」という言葉はしだいに役所のことだけでなく、そこで扱う歌謡曲・民謡そのものを言うようになりました。「楽府題」はそのお題のことです。つまり、「子夜呉歌」という題でまず曲があり、そこに、いろいろな人が違う歌詞をつけたのです。

李白は舞台を南方から北方に移し、玉門関の先へ出征している夫を思いやる妻の詩に仕立てました。

この詩は、もともと四首の連作で、「春・夏・秋・冬」を歌った詩です。これはその三首目。秋を歌っています。長安にいる妻が、遠く玉門間の向こうに戦争に行っている夫を思いやって愁いに沈んでいる内容です。長安の町中を月の光が照らし、あちらでもこちらでもポンポンと衣を叩く砧の音が聞こえてくる…。雰囲気がある詩ですね。

砧の音は最近では聞きませんが、衣替えの季節に衣を台に載せてポンポンと木槌で叩き、生地をやわらかくしたり光沢を出したりしました。昔の衣はゴワゴワと硬かったので、特にこの作業が必要でした。

その、砧の音が、ポンポンと響いて、秋の情緒をかもし出しているのです。

砧の音に情緒を感じる感性は、漢詩から和歌にも取り入れられました。

み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり

参議雅経。飛鳥井雅経。鎌倉時代の公卿で、蹴鞠の大家としても知られる人物の歌です。吉野山から秋風が寒々と吹き降ろし、古都吉野では寒々と衣を打つ砧の音がする。百人一首に採られたこの歌は、李白の「子夜呉歌」を念頭においているように思います。

朗読:左大臣

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