秘書晁監の日本国に還るを送る 王維

送祕書晁監還日本國
積水不可極
安知滄海東
九州何處遠
萬里若乘空
向國惟看日
歸帆但信風
鰲身映天黑
魚眼射波紅
鄕樹扶桑外
主人孤島中
別離方異域
音信若爲通

秘書晁監の日本国に還るを送る
積水 極む可からず
安んぞ 滄海の東を知らんや
九州 何れの處か遠き
万里 空に乗ずるが若し
国に向かって惟(た)だ日を看(み)
帰帆は但(た)だ風に信(まか)すのみ
鰲身(ごうしん)は天に映じて黒く
魚眼は波を射て紅なり
鄕樹は扶桑の外
主人は孤島の中
別離 方(まさ)に域を異にす
音信 若爲(いかん)ぞ 通ぜんや

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現代語訳

大海原の水はどこまで続くのか、見極めようが無い。
その東の果てがどうなっているのか、どうして知れるだろう。

わが国の外にあるという九つの世界のうち、
最も遠い世界、それが君の故郷、日本だ。

万里もの道のりは、さながら空を旅してるようなものだろう。

ただ太陽の運行と風向きに任せて進んでいくほかはないだろう。

伝説にある大海亀は黒々と天にその姿を映し、巨大魚の目の光は真っ赤で、波を貫いくことだろう。

君の故郷日本は、太陽の昇る所に生えているという神木(扶桑)のはるか外にあり、その孤島こそが、君の故郷なのだ。

私たちは、まったく離れた世界に別たれてしまうのだ。
もう連絡の取りようも無いのだろうか。

解説

王維が阿倍仲麻呂(698~770) に送った詩です。

阿倍仲麻呂は717年、遣唐使に同行して唐に留学し、玄宗皇帝に仕えます。そして李白や王維と交流をもちました。

三十六年後、仲麻呂が日本に帰るに際して親しい人々が送別会を開いてくれました。これはその席で詠まれた詩です。

百人一首で有名な「天の原ふりさけみれば 春日なる三笠の山にいでし月かも」も、この席で詠まれたといわれます。

仲麻呂はこうやって送り出されたんですが、仲麻呂を乗せた船は途中、嵐にあって難破し、ベトナムに漂着します。

この時、船が難破したという知らせが李白のもとには「仲麻呂が死んだ」として届きます。李白はショックを受け、仲麻呂を悼む詩「晁卿衡を哭す」を作りました。

まあ仲麻呂は死なずに唐国にもどってきたんですが、とうとう日本への帰国はかないませんでした。粛宗・代宗の二代につかえ、没しました。

小倉百人一首 音声付「天の原…」
↑阿倍仲麻呂の歌はこちらで朗読しています。

朗読:左大臣