麗人行 杜甫

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麗人行は、三月三日上巳の節句に、長安南の川・曲江のほとりで水遊びをする美女たちの様子を歌った詩です。

中にも楊貴妃の姉たちの、贅沢をきわめた華やかな宴の様子に重点が置かれています。

楊貴妃が玄宗皇帝に愛されたことで楊一族は重く用いられ、その権勢は並びないものとなりました。中にも、楊貴妃のはとこの楊国忠は、楊貴妃の姉である虢(かく)夫人と密通し、取り立てられ、宰相にまで至りました。

麗人行 杜甫
三月三日天氣新
長安水邊多麗人
態濃意遠淑且真
肌理細膩骨肉勻
繍羅衣裳照暮春
蹙金孔雀銀麒麟
頭上何所有
翠微盎葉垂鬢脣

麗人行 杜甫
三月三日 天気新たなり
長安の水辺(すいへん)麗人(れいじん)多し
態(たい)は濃(こまや)かに意(い)は遠く淑(しゅく)にして且(か)つ真(しん)
肌理(きり)は細膩(さいじ)にして骨肉(こつにく)は勻(ひと)し
繍羅(しゅうら)の衣裳(いしょう)は暮春(ぼしゅん0)を照らし
蹙金(しゅくきん)の孔雀(くじゃく)に銀の麒麟(きりん)
頭上には何の有る所ぞ
翠(すい)は姶葉(おうよう)に微(ほの)かにして鬢脣(びんしん)に垂る

現代語訳

三月三日上巳の節句。
天気はまっさらに晴れ渡っている。
長安の川のほとりには美人が多い。

姿は艶やかで、奥ゆかしく、
内面から湧き出す自然な美しさがある。

肌のきめは細やかですべすべしており、
骨と肉の具合がほどよく調和している。

刺繍を施したうすぎぬの衣装は晩春の太陽に照らされ、
金の糸で刺繍した孔雀、銀の糸で刺繍した麒麟。

頭上には何があるかと見れば、
カワセミの羽をかんざしの飾りにひらひらさせたものが、
ほのかに鬢の生え際に垂れている。

語句

■三月三日 上巳の節句。厄除けとして川辺で身を清める習慣があった。 ■態濃 姿が艶っぽいこと。 ■意遠 深い情緒がある。奥ゆかしい。 ■淑 しとやか。 ■真 自然の美しさがあること。 ■肌理 肌のきめ。 ■細膩 細やかですべすべしていること。 ■骨肉勻 骨と肉が調和していること。 ■繍羅 刺繍をほどこしたうすぎぬ。 ■暮春 三月を暮春という。晩春。 ■蹙金 黄金をひきのばして糸にしたもの。金の糸。刺繍に用いる。 ■翠 翡翠の羽。 ■姶葉 髪がざりの造花の葉。ひらひら揺れる。 ■鬢脣 鬢の生え際。

解説

まず舞台を設定します。三月三日、上巳の節句に、長安の南の川・曲江で水遊びをする女たちのあでやかな姿。


背後何所見
珠壓腰穩穩稱身
就中雲幕椒房親
賜名大國虢與秦
紫駝之峰出翠釜
水精之盤行素鱗
犀箸厭飫久未下
鸞刀縷切空紛綸

背後には何の見る所ぞ
珠(しゅ)は腰穩(ようきょう)を壓(あっ)して穩(おだ)やかに身に稱(かな)ふ
就中(なかんづく) 雲幕(うんばく)の椒房(しょうぼう)の親(しん)
名は賜(たま)ふ大國(たいこく)の虢(かく)と秦(しん)と
紫駝(しだ)の峰は翠釜(すいふ)より出(い)で
水精(すいせい)の盤(ばん)に素鱗(そりん)を行(や)る
犀箸(さいちょ)は厭飫(えんよ)して久しく未だ下さず
鸞刀(らんとう)は縷切(るせつ)すれど空(むな)しく紛綸(ふんりん)たり

現代語訳

背後には何があるかと見れば、
真珠が腰帯のところにずっしりと下がり、穏やかに、その身につりあっている。

中にも、雲のように張った天幕の中には
楊貴妃さまの御親類がいらっしゃる。

彼女たちは大国の名を賜って、
虢国夫人や秦国夫人とおっしゃるのだ。

駱駝のこぶの肉がひすいの釜から取り出され、
水晶のお盆に銀白色の魚の刺身が載せて出される。

しかしそんな贅沢な料理もすっかり食べ飽きているため、
犀の角でつくった箸は、長い間下ろされない。

鈴のついた包丁は肉を糸のように細く刻むが、
せっかく作られた料理もむなしく皿の上に散乱するばかりである。

語句

■腰穩 諸説あり。はかまの腰帯か。 ■壓 真珠が腰帯のあたりまでずっしり下がっている様子。 ■雲幕 雲のように張った天幕(テント)。 ■椒房親 「椒房」は皇后。。ここでは楊貴妃の親戚。 ■賜名 楊貴妃の三人の姉は、韓国夫人・秦国夫人・虢国夫人の称号を賜った。 ■虢秦 国名。 ■紫駝之峰 「紫駝」は駱駝。「峯」はそのこぶ。珍味とされる。 ■翠釜 ひすいの釜。 ■水精 水晶。 ■素鱗 銀白色の魚。 ■行 料理を載せて出すこと。 ■犀箸 犀の角でつくった箸。 ■厭飫 ぜいたくな料理にも食べ飽きている状態。 ■鸞刀 鈴のついた包丁。 ■縷切 糸のように細く切る。 ■紛綸 入り乱れる。

解説

楊貴妃の姉たちにスポットが当たります。楊貴妃が玄宗皇帝に愛されたことで楊貴妃の姉たちも取り立てられ、韓国夫人・秦国夫人・虢国夫人と、大国の名を冠した称号を賜りました。


黄門飛鞚不動塵
御廚絡繹送八珍
簫管哀吟感鬼神
賓從雜遝實要津
後來鞍馬何逡巡
當軒下馬入錦茵
楊花雪落覆白蘋
靑鳥飛去銜紅巾
炙手可熱勢絶倫
慎莫近前丞相嗔

黄門(こうもん) 鞚(たづな)を飛ばして塵を動かさず
御廚(ぎょちゅう)絡繹(らくえき)として八珍(はっちん0)を送る
簫管(しょうかん)は哀吟(あいぎん)して鬼神(きじん)を感ぜしめ
賓從(ひんじゅう)は雜遝(ざっとう)して要津(ようしん)に實(み)つ
後來(こうらい)の鞍馬(あんば)何ぞ逡巡(しゅんじゅん)たる
軒(のき)に當(あた)りて馬より下りて錦茵(きんいん)に入(い)る
楊花(ようか)は雪のごとく落ちて白蘋(はくひん)を覆い
靑鳥(せいちょう)は飛び去りて紅巾(こうきん)を銜(ふく)
手を炙(あぶ)れば熱す可(べ)し 勢(いきお)いは絶倫(ぜつりん)なり
慎(つつし)んで近づき前(すす)む莫(なか)れ丞相(じょうしょう)嗔(いか)らん

現代語訳

大奥に仕える宦官が塵一つ立てず馬を飛ばしてきた。

大膳職(だいぜんしき)(臣下に対して饗応を行う機関)から
ひっきりなしに、さまざまな珍味が送られてくる。

簫の笛は悲しげな音色を奏で、
鬼神の心をもゆり動かすばかり。

集まった多くの客はめぼしい船着き場に集まっている。
(多くの者が楊貴妃の一族にへつらって、ちやほやしている)

後から来た鞍を置いた馬の、その歩みの
なんとゆったりしていることか。
(その馬には丞相楊国忠さまが乗っておられる)

天幕の軒先まで来て、馬から下って、丞相楊国忠さまは帳の内に入る。

柳のワタが雪のように落ちて白い花咲く水草を覆い、
青い鳥は赤いハンカチを咥えて飛び去る。

手をかざせば火傷するに違いない。それほど、
丞相楊国忠さまの勢いは、絶倫だ。

慎んで近寄ってはならない。丞相楊国忠さまににらみつけられるぞ。

語句

■黄門 大奥に仕える宦官。 ■鞚 たづな。 ■御廚 大膳職(だいぜんしき)。臣下に対して饗応を行う機関。 ■絡繹 ひっきりなしに。 ■八珍 八つの珍味。さまざまな珍味。 ■簫管 簫の笛。 ■哀吟 哀しげな音を響かせる。 ■賓從 来客。 ■雜遝 混みあっているさま。 ■要津 めぼしい船着き場。そこに人が込み合っていることから、暗に、権勢きわめる楊国忠一派に、人々がこびへつらっていることを指す。 ■鞍馬 鞍を置いた馬。楊国忠が乗っている。 ■逡巡 ゆったりしているさま。 ■錦茵 錦のしとね。 ■楊花 やなぎの花。実際には花ではないが、柳のワタは花のように真っ白なので花とたとえる。「楊花」「青鳥」の二句は帳の中で楊国忠と虢国夫人が密通していることを暗示する。 ■白蘋 白い花の水草。 ■紅巾 赤いハンカチ。 ■銜 咥える。 ■炙手可熱 手をかざせば火傷するほど、勢いが烈しいこと。 ■丞相 楊国忠を指す。 ■嗔 にらみつける。

解説

前半で贅沢を極めた宴のもようが描かれ、後半で、宰相楊国忠の登場となります。楊国忠は楊貴妃の姉である虢夫人と密通し、高い地位を手に入れました。

楊花雪落覆白蘋
靑鳥飛去銜紅巾

意味深なこの二句は、楊国忠と虢夫人が帳の中でよからぬ行為に及んでいることの、暗示と思われます。

はなやかで優雅な宴のさまを描写しつつ、杜甫の詩はそれにとどまらず、社会風刺や社会批判の精神を忘れません。

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朗読:左大臣光永

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