白楽天「小さき舫(ふね)」

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白楽天「小さき舫(ふね)」という詩です。水の都・蘇州の風景と、蘇州に赴任した白楽天のわくわく感がよく伝わってくる詩です。

小舫 白楽天
小舫一艘新造了
轻装梁柱庳安篷
深坊静岸遊應遍
浅水低橋去尽通
黄柳影籠随棹月
白蘋香起打頭風
慢牽欲傍櫻桃泊
借問誰家花最紅

小(ち)さき舫(ふね) 白楽天(はくらくてん)
小(ち)さき舫(ふね)一艘(いっそう) 新(あら)たに造(つく)り了(おわ)り
軽(かる)く梁柱(りょうちゅう)を装(よそお)いて庳(ひく)く篷(とま)を安(やす)んず
深(ふか)き坊(ぼう) 静(しず)かなる岸(きし) 遊(ゆう) 應(まさ)に遍(あまね)く
浅き水 低き橋 去(さ)りて尽(ことごと)く通(つう)ず
黄(き)なる柳の影は棹(さお)に随(したご)うて月を籠(こ)め
白き蘋(うきぐさ)の香りは頭(こうべ)を打つ風を起こす
慢(ゆる)く牽(ひ)き桜桃(おうとう)の傍(かたわ)らに泊(と)まらんと欲(ほっ)するが
借問(しゃもん)す誰(た)が家ぞ花最も紅(くれない)なる

現代語訳

小さい舟 白楽天

小さな舟を一艘作り終えた。
軽く梁の柱を立てて、低いとま葺き屋根を葺いた。

深い町中も、静かな岸も、そうだ、どこにだって行ける。
浅い水も低い橋も通り過ぎて、どこだって通れる。

黄色く芽吹いた柳の影の中に棹に随ってついてくる月が映っている。
白い浮草の香は頬を打つほどの風の中、漂ってくる。

ゆっくり舟を曳いて桜桃の花の下に泊めようと思うが、
どの家の花がもっとも紅に色づいているのかな。

語句

■小舫 小さな舟。 ■安篷 苫を葺くこと。 ■蘋 浮草。

解説

宝暦2年(826)、白楽天は刺史(しし。長官)として蘇州に赴任しました。蘇州は細い水路が網の目のように縦横に張り巡らされ、「東洋のベニス」と言われる景勝の地です。

「よし。せっかく赴任したんだ。蘇州をとことん、見て回るぞ!」

白楽天、胸躍ったことでしょう。しかし白楽天は長官としての激務に追い立てられ、蘇州観光どころではありませんでした。

それでもたまの休暇を見つけて、船を作ったんです。さあ、これでどこにでも行ける。深い町中も、静かな岸も。せっかく蘇州に住んでるんだから、存分に楽しんでやるぞという、白楽天のワクワク感が伝わってきます。

北原白秋の「水路」と、重なるものを感じました。

水路 北原白秋

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
しとやかな柳川の水路を、
定紋つけた古い提灯が、ぼんやりと、
その舟の芝居もどりの家族を眠らす。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
あるかない月の夜に鳴く虫のこゑ、
向ひあつた白壁の薄あかりに、
何かしら燐のやうなおそれがむせぶ。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
草のにほひする低い土橋を、
いくつか棹をかがめて通り過ぎ、
ひそひそと話してる町の方へ。

ほうつほうつと蛍が飛ぶ……
とある家のひたひたと光る汲水場(くみず)に
ほんのり立つた女の素肌
何を見てゐるのか、ふけた夜のこころに。

「草のにほひする低い土橋」とか、ほんにとむわっと臭いが漂ってきそうです。感覚に訴える詩です。

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朗読:左大臣光永

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